5.標準化について【標準化の歴史】
前回は、ISDNによるテレビ電話/テレビ会議を主な用途として開発された映像符号化標準H.261の登場までをご説明いただきました。今回は、その後の標準化活動の流れについてお伺いします。
映像圧縮符号化標準H.261が、テレビ会議システム標準化への大きな一歩だったのですね。
前回の最後で説明した通り、1984年以降からの動画像符号化標準化活動は、世界単一の標準を目指したものです。
今回はアメリカも参加しました。日本では、初期はNTT、KDD(現KDDI)、NEC、富士通の共同研究としてそれに対応していましたが、後半は全日本規模での展開になりました。
ヨーロッパは「COST211」(COST: Co-Operation for Scientific and Technological research)プロジェクトの延長として、非常に熱心に取り組んでいました。それがドライビングフォースとなり、1989年にH.261が完成しまし た(公式に標準が成立したのは1990年)。
H.261は、リファレンスモデル方式を利用して世界中が協力して作りあげた勧告です。
この国際標準作成の過程で、参加者が協力して1つの仕様を完成させる枠組みが確立してきました。
まずはある技術モデルに合意し、合意したモデルをベースとして改善を提案する方法です。
共通の実験を行うことで改善提案と元のモデルとを比較し、誰もがその差を認識し、合意できるものを取り入れていきます。決定に政治的な考えなどを持ち込まないのでうまく運びやすく、その後のMPEGやH.264の作成にも引き継がれました。
リファレンスモデル方式は、参加者が「自分が手がけたのだ」「自分もこれに貢献したのだ」という認識を共通して持てます。人間の心理として、自分が手がけたものは可愛いですよね。
それに、参加者にはいろんな人が集まっていますが、同じ人間ですし、同じテーマを研究しているので、それほど意識がかけ離れることはありません。
H.261の標準化活動の中で特筆すべきエピソードはありますか。
H.261の中で特徴的なのは、それが登場してきた80年代半ばにコンピュータの能力も上がってきて、映像符号化の研究をシミュレーションで代替できるようになったということです。
このプロジェクトの最初の頃は、まだハードウェア指向がありました。H.120では共通のハードウェアを作ってテストしていました。
H.261標準化に着手する際に、最後にはハードウェアを作って検証実験を行うことを一応のガイドラインにしていましたので、日本でもハードウェアを作り ましたし、イギリスのBT(British Telecom)やフランスのフランステレコムも作りました。最終段階では、それを実際に国際回線で繋いでテストするというようなことまでやりました。
それとともにH.261では、まがりなりにもコンピュータでシミュレーションできるようになったのです。当時は10秒以上シュミレーションするのはたいへんで、10秒以下のシーケンスでやっていましたけれども(もちろん、今は簡単にできます)。
そのような意味でも、非常に刺激に満ちた標準化でした。
現在ではハードウェアを作ることまではやらず、検証実験はコンピュータ上で行います。誰かが作ったストリームを自分が作ったデコーダで受けて、ちゃんと映像が復元されることを検証した上で初めて標準化されます。
少し話題が横道にそれますが、「画像符号化の進化を支えているのはムーアの法則である」という見解があります。
映像符号化の標準化はH.261をスタートとして、そこからH.262(MPEG-2)、H.263、H.264、MPEG-1、MPEG-4などが登場してきました。
マクロに見ますと大きな枠組みは変わっていません。ベースの動き補償フレーム間予測+DCTの方式に、様々な工夫を取り入れられるようになったのが歴史と 言っていいでしょう。工夫を取り入れていくことで品質があがっていくわけですが、その1つ1つはすごい効果があるとか、革新的というわけではないんです。 いわゆる合わせワザで行っている感じですね。
それができるようになったのは、コンピュータの性能が大幅にアップしたからです。それがいわゆる“ムーアの法則”で、1つのプロセッサでいろんな処理がで きるようになったとか、LSIの中によりたくさんの素子を入れることができるようになったことにより、一度に大量の複雑な処理ができるようになりました。
いずれ非常に革新的なものが出てきて、世の中がガラっと変わるということがあるのかもしれませんけれど、ここ二十余年の展開はムーアの法則によると言ってもいいでしょうね。
H.261以降の標準化の動きはどのような様子だったのでしょうか。
それに合わせて、ITU-Tではより高品質の領域を狙い、結果としてH.261のあとはH.262になりました。
ATM(非同期転送モード)は、53バイトの固定長のパケットでデータを多重化、転送するネットワーク技術です。
電話(音声通信)やデータ通信など、いろいろなメディアを扱う統合網を実現する技術として1980年代の終わりごろから注目されてきました。しかし最近で は、IP技術による統合網の実現を目指す技術開発が盛んになり、ATMがエンド・ユーザーまで到達することはなくなりつつあります。
また一方で、MPEGという蓄積メディアをターゲットにした映像音声圧縮符号化方式の標準化がありました。1980年代後 半から1990年代にかけて、CD-ROMなどの中にオーディオビジュアルのコンテンツを入れるMPEG-1という規格が作られました。MPEG-1の画 質はVHSのビデオ並みで、再生時に動画と音声合わせて1.5Mbps程度のデータ転送速度が必要です。
しかしMPEG-1は解像度的には現行テレビの半分でした。そこで次はフル解像度で使えるものを目指しました。
放送をターゲットとしている機関では、非常に高ビットレートで放送品質を満足する圧縮符号化を標準化していました。彼らには「次はもう少し低いビットレートで高品質を維持したい」という思惑があり、それがITU-T、MPEGとの方向性と一致してたのです。
それならば個々の用途ではなく、いろんな目的に使える汎用の符号化標準を作りましょうということになり、MPEG-2のプロジェクトが1990年くらいからスタートしました。その実質作業が終わったのは1994年です。
MPEG-2は、ITU-TではH.262と呼ばれます。中味がまったく同じ標準文書ですので、「H.262|MPEG-2標準」とも表記されます。
MPEGは、ISO/IEC JTC1という組織のマルチメディア符号化作業グループが作った標準の呼び名で、映像データの圧縮方式の一つです。画像の中の動く部分だけを検出し保存す るなどして、データを圧縮します。再生品質はMPEG-1がVHS並み、MPEG-2が標準テレビ、ハイビジョンテレビ並みです。
MPEG-1、2、4の3つは圧縮符号化の規格で、それぞれがシステム、ビデオ(ビジュアル)、オーディオの3つの規格を持っています。(例:MPEG-1システム、MPEG-1ビデオ、MPEG-1オーディオ など)
また、MPEG-7はコンテンツの内容を記述するための規格で、MPEG-21はコンテンツの流通のための規格となっています。
H.320、H.324などはどのようなものですか。
ISDN上のマルチメディア通信システムを規定するのがH.320で、1990年に成立しました。その後、これを多様な ネットワークに展開する活動が行われました。最初に注力したのは、ATMネットワークのためのH.310ですが、ブロードバンドISDN自体が沙汰止みに なったことで結局あまり日の目を見ませんでした。しかし、H.320を基にして派生した標準で現在に続くものがいくつかあります。
1つはH.324というアナログ電話網用にV.34モデム(伝送速度33.6kbps)を用いたテレビ電話端末規格です。
電話網はアナログ回線交換網ですが、モデムを用いることでデジタル回線交換網として利用でき、エンド・ユーザー間でデジタル送信が行えます。
しかし、モデムを使うがために数十kbpsしか使えません。データを一生懸命圧縮して小さくしないと、電話回線を通らないのです。
これが1つのきっかけとなって、映像圧縮符号化でもH.261の次のH.263が生まれました。H.263というのはH.261を改良したもので、H.261よりも圧縮率が高いのです。
もう1つがパケット回線用のH.323です。
H.323は、IPネットワーク上で音声・動画を送受信するための呼接続、通信制御、音声、映像、データ圧縮伸長方式などを定めたものです。最初はイーサ ネット上でテレビ会議ができるんじゃないかな、という程度の意識から始まったのですが、ネットワークのIP化やコンピュータの高性能化などが進むにつれ て、実用的なプロトコルとして認知されるようになってきました。
H.323は応用例が広く、VoIPからネットワーク上のテレビ会議に至るまで対応できるように設計されています。
現在のテレビ会議システムに関係する国際標準規格 | ||
---|---|---|
H.264 |
動画像圧縮符号化に関するITU-T勧告。 |
|
H.239 |
デュアルビデオに関するITU-T勧告。 |
|
H.323 |
IPネットワーク上で双方向映像音声通信を行うためのITU-T勧告。 |
|
H.320 |
ISDNなどの回線交換型ネットワーク上で、双方向映像音声通信を行うためのITU-T勧告。 |
次回は、「標準化について【標準化の今後の課題1】」についてお伺いします。